今のだんじりは大変優美華麗で立派なものであるが、最初の起りは長持ちにコマを付けた簡単なもので、岡部三代長泰公が元禄十六年?(1703)に更なる五穀豊穣を願って、この祭礼日だけは城入りを許したことから始まったといわれている(他にも色々修羅説等もあるが)。そして、城入りを許された庶民は殿様を歓ばすため、その上や前で俄や素人相撲などをしたといわれる。その芸事をする舞台が柱が建ち屋根が付いて立派なものとなり、だんじりの基礎が出来上がっていったのではないか、また祭礼ゆえに神様にも楽しんでもらうため舞台の後<見送り部分>(当時はこちらが前かも?)に祭壇を設けたのではないか
(それゆえ’だんじり’と呼ぶようになったのか?) 。
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