| 泉州八木郷にある久米田池(大阪府岸和田市池尻町から岡山町にわたる)は、 僧行基によって築造された行基菩薩築造十五池の一つである。
往時、この地方は水が乏しく旱天ともなれば人民の苦しみは甚だしく、 これを見かねた行基菩薩は橘諸兄とはかり、池を穿つことを聖武天皇に請願なして
神亀二年(725)工を起こし、天平十年(738)実に十四年の歳月を費やして竣工したといわれる。
この時、池のほとりには隆池院と称し、工事の拠点として、また仏教布教の場として 同じく神亀二年に建てられはじめ、天平六年(734)聖武天皇の勅願により、
橘諸兄を大壇越として行基菩薩により開創された行基四十九院の一つ、 則ち現在の龍臥山隆池院久米田寺である。
当時、この寺が久米田池の維持管理を命ぜられていたのであるが、 今は久米田池郷で管理されている。 この池の利に頼る恩恵は深く、久米田池なくしては田畑の潤いはえられず
命の水といっても過言ではない。
かって池の恩恵に浴する村々は池尻・大町・箕土路・下池田・小松里・荒木・西大路・中井・吉井 そして田冶米・加守・春木と十二ヶ村にも及んだ。
さて、十月祭礼のだんじり祭、山手地区一番の見せ場として行われる行基参りは この久米田寺に地元一番池尻町を先頭に、大町・額原・額・小松里・西大路・箕土路・下池田・荒木・中井・吉井・田冶米・今木
の順番に十三台の地車が乗り入れられ、その迫力はまことに圧巻である。
乗り入れられた地車は境内の行基堂の前に行基菩薩の遺徳を偲び、感謝を捧げて参拝するのであり、 田畑の少なくなった今日では意味を解せずして参拝する人もあろうけれど、
往時水に苦しんだ祖先が、池の完成によって稔り豊かな米の収穫を得られた悦びは はかり知れぬものがあり、命の水によって連綿と命を受け継いできた子孫たちが
感謝を捧げて行基菩薩のもとへ、一年に一度お礼参りに行く慣わしはまことに素晴らしい伝統と云えるのです。
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