◎大工 |
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絹井 嘉一朗
<絹屋> |
絹井楠次郎師の子息で戦後、父の跡を受け<絹屋>を背負った大工棟梁 |
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植木 宗一郎 <大宗> |
2002年1月号コラム参照 |
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田端 元一 <大弥三> |
昭和36年に生まれ、父辰治郎の跡を継ぎ活躍した大工棟梁 |
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植山宗一郎 <大宗> |
植山春松の長男で<久吾>事久納久吉師の元で数年の修行をして地車の知識を習得する。
世に植山式地車と呼ばれる型を作り出した。義正師は実弟 |
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岸田 秀吉
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貝塚出身の大工棟梁で詳細は未調査 |
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| 麻生川 彦一 |
貝塚出身の大工棟梁で詳細は未調査 |
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| 天野 藤一 |
<大安>の血を引く大工棟梁で岸和田市中之濱町に生まる
初めて請負ったのが自町の地車であり、 地車大工として売り出す。
35才の時である |
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| 天野 喜三郎 |
藤一師の実弟で兄の右腕として腕をふるう |
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| 天野 行雄 |
藤一師の跡目息子 |
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植山 義正 <大義> |
植山宗一郎師の実弟で戦後、地車衰退の時期も地車に対する情熱を捨てずに守ってきた工匠であり、今日の新調ブームには多くの若い工匠達に技術を伝えた功績は大きく、師が修復された地車の数はまことに多い。平成二年歿。現植山工務店先代 |
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植山 良雄 <植山工務店>
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現植山工務店棟梁で父義正師とともに多くの地車修復・新調を手掛ける |
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古谷 常吉 <大常>
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明治32年に生まれ昭和49年に歿す。その他詳細は未調査 |
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池内 福治郎 <池内工務店> |
古谷常吉師に付き修業する
昭和53年、20年ぶりに岸和田型地車新調の堺市堀上町地車が師の新調初仕事である |
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吉野 為雄 <吉為工務店>
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<絹屋>の流れである<朝市>事朝代市松派の流れ根来正一師の弟子である
昭和58年岸和田市荒木町は師の出世地車である
平成元年歿。吉為工務店先代 |
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大下 孝治 <大下工務店>
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<大弥三>の流れを吸み、<絹屋>の血も受け継ぐ
弱冠二十五歳で独立し、現在、大下工務店の棟梁として活躍する |
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◎彫物師
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| 木下 舜治郎 |
2002年1月号コラム参照 |
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| 松田 正幸 |
2002年1月号コラム参照 |
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石田 利郎
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2002年1月号コラム参照 |
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| 上間 庄平 |
2002年1月号コラム参照 |
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上間 貫冶 |
上間庄平師の長男 |
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金光 秀堂・南陽 |
兄秀堂・弟南陽両師は岡山県出身で主に仕上師として腕をふるう
詳細は未調査 |
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井尻 翠雲
(いじりすいうん) |
森 曲江一番弟子で上丹生において活躍する |
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| 上田 勇造 |
上丹生彫 五代目上田勇助長男 |
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十場 祐次郎
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勇造師の実弟で岸和田市中之濱町に居住した |
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筒井 嶺よう
(つついりょうよう) |
木下舜次郎一番弟子で淡路生穂の出身。 本名和男
岸和田市荒木町地車(昭和58年新調)は師の代表作
現在活躍中の彫師を多く輩出する |
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岸田 恭司 <木彫 岸田>
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奈良県出身
筒井嶺よう師の弟子であるが、初め後藤更生師の門をたたく
春木宮本町は師の初めて責任者としての作品である |
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木下 賢治 <木下彫刻工芸>
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舜次郎師の跡目息子
現在、数多くの地車新調・修理を手掛ける。
木下彫刻工芸の一門を率い活躍中 |
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木下 頼定 <木下彫刻所>
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賢治師の実弟で現在、堂宮・建築に活躍中 |
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中山 慶春
(なかやま けいしゅん)
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井波彫の川原啓秀の弟子宮繁師の弟子
本名政行 |
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(参考図書) 「大坂・浪花木彫史」 だん吉友の会 発行
「摂河泉だんじり談義(地車工匠編)」 若松均 著 |