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祭狂爺爺がお届けするだんじりコラム。
祭礼の歴史や、だんじりの彫物などにまつわるよもやま話をお楽しみください。 |
バックナンバー
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| 2003年5月号 |
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上地車の種類と特徴 |
今回は前回の「岸和田型地車の特徴」に関連して他の地車の型式についても見てゆきたい。最近では大きく上地車と下地車という呼称によって分けられるが、下地車といえば岸和田型一つを指すのであり上地車には数種の型がある。この分類は地車好き研究者の間で分けられているものであり学者・先生方の定義ではなくその人に多少分類に違いがあることを断っておき、この分類の中にきっちりと入りきれないものもあることを追記する。
それでは見ていきましょう。
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住吉型 (すみよしがた)
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かつて、大阪の住吉に本居を構えた「大佐」は十一代目仙之助の時、長男は十二代目宗吉本家「東だんじりや」と、仙之助次男安次郎が親戚の下川家を絶家再興した堺の新堀庄屋分家「西だんじりや」(西大佐)に分かれ鎬をけずり上地車の製作をして大工棟梁の名を馳せていた「大佐」作の地車である。
【特長】
- 唐破風の葺地・破風部分が真中の振分で切れ一枚ものではなく二枚ものであり屋根先にテリがある
- 前後屋根の段差が大阪型よりやや大きい
- 台木は波の彫物があり前後台鼻はコブシ型の波頭をかたちどり、後妻台には後梃子がつく
- 見送りは二枚板方式
- 後部には旗差・力士の彫物の旗受がつく
- 勾欄は上部と土呂幕部分にもつき、親柱は擬宝珠で右左両方で八本ある
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堺型 (さかいがた) |
堺で多く作られた型で、屋根勾欄は緩く扁平型であり前後屋根の段差が大きい。虹梁・木鼻上に水平材の台輪が取り付けられる。板勾欄・出人形を配したものが多く、土呂幕部分にも勾欄がつき上下に分かれる。後部見送り部分は三枚板形式のものや大きな出人形形式もある。旗差があり、旗受は力神の彫物が細工される。後梃子・担い棒がつく。土台前後鼻先は波頭を彫る。彫物師は堺「彫又」が主である。
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大阪型 (おおさかがた) |
大阪市内に多く見られる型で前後屋根の段差少なく、屋根と床の幅がほぼ等しい。見送りは三枚板形式で彫物装飾が多い。土台は波頭がなくなってまっすぐである。後梃子・旗差はなく丸の担い棒がつく。勾欄は親柱前後左右六本である。現存する地車は明治以降のもの多し。
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| 大阪型 大阪市生野区西足代地車 |
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平野型 (ひらのがた) |
大阪市平野区杭全地区にみられる型で大阪型とほぼ同じであるが相違点は担い棒が角材であり獅噛(しがみ)は飾目(しかめ)となり武者者などが彫られている。
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吹田型 (すいたがた) |
勾欄・緑葛下に組物があり、土呂幕部分は多く格子である。大阪型に似か寄るが大阪型よりも型式が古く、全てが天保・嘉永年間の製作である。彫物装飾は控えめである。
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北河内型 (きたがわちがた) |
大東市・寝屋川市・四条畷市・門真市方面に見られる、大きさが5メートル前後にも及ぶ巨大地車である。見送りは幕式で彫物は龍・獅子・鷹などと図柄はほぼ決まっているが彫物は大きめで迫力がある。前の柱左右には一対の樽台(出人形)が置かれる。
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石川型 (いしかわがた) |
富田林市・河南市・太子市・千早赤阪村方面にみられる地車で使用される材は檜である。屋根勾欄深く前後屋根の段差は上地車の中では最も大きい。柱は八本あり丸柱である。勾欄は前の張り出し大きい。
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神戸型 (こうべがた) |
幕式地車でコマが外に出ており独特なツブゴマである。勾欄は撥勾欄という独自な形態をもつ。屋根の出が大きく担い棒は丸材であり鋼で固定した形である。
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| つぶごま |
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宝塚型 (たからづかがた)
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幕式地車であり柱が丸である。土呂幕には彫物はなく、枡合の縦幅が地車の大きさに比して短い。見送り飾幕は内に骨組を組み外へ大きく膨らみを持たせて飾り付けるのが特長である。
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大和型 (やまとがた) |
床と屋根の前への張り出しが大きく前柱は丸で通柱ではない。後部に旗差・後梃子がつく。 |
折衷型 (せっちゅうがた) |
最近見られる型で、上地車に岸和田型の形態を取り入れた型式である。泉大津市・堺市等にみられる。
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泉州岸和田住 祭狂爺爺 記 |
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