主屋根正面枡合 「平経正
都落ち」
「平経正(たいらのつねまさ) 都落ち」 寿永二年(1183年)
平家は倶利伽羅合戦、篠原の合戦などで破れ、一門都落ちする中、清盛の弟で経盛の長子、琵琶の名手、経正が都落ちするに際して師匠である仁和寺五代守覚法親王に暇乞いのため、お下げ渡し下さりたる琵琶の名器「青山」(せいざん)を返上するため参上し、これにて名曲「青海波」「蘇合香」など弾きずれば聞く人皆涙して天空には迦陵頻伽(がりょうかんか−天女の鳥)が現れ出でたるという場面にて二重枡合上に迦陵頻伽を下には都落ちする経正を彫ってあります。
地獄極楽紙一重「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす 奢れる者久しからず・・・・・・」と琵琶を弾じて盲目の法師が語ったと言われる平家物語。これを象徴する琵琶を持った経正を源平一式の主眼を表す図柄として正面枡合に据えたるところは心憎きまでの演出であります。
◇旧・沼町地車は岸和田だんじり会館にて展示保存されています。
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