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presented by 岸和田だんじり祭振興会 

 
 祭狂爺爺がお届けするだんじりコラム。
 祭礼の歴史や、だんじりの彫物などにまつわるよもやま話をお楽しみください。
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2004年1月号

祭狂爺爺のだんじりコラム

彫物うんちく四方山ばなし 第一話

  「阿吽」

木鼻 阿吽の獅子 (熊取町野田地車−元岸和田市堺町)
木鼻 阿吽の獅子
(熊取町野田地車−元岸和田市堺町)

 今回より “彫物うんちく四方山(よもやま)ばなし” と題しましてコラムを進めたいと思います。
 だんじりが颯爽と駆け抜ける祭りの最中では地車の姿見・装飾しか見られず、地車本体の彫物は中々じっくりと見られないのであるが、ご存知のとおりまこと精微な彫物がたくさん施されている。
  この木彫りは堂宮彫刻に端を発し図柄も受け継いでいるが、それに加え地車ならではの図柄も多くある。それは、堂宮が花鳥風月・瑞獣などを中心にしているのに対して、地車は物語彫刻、とりわけ戦記物彫刻が数多く彫られることである。このことは祭に繰り出される地車が神輿とは違い町衆がそれぞれ町単位で地車を持ち町衆が町衆の心意気として地車を繰り出す。町衆の心情が色濃く出されるのは当然のことなのである。神社・仏閣は清きところ聖域であり、そこには聖域を守護する図柄が中心であるのは言わずもがなであるが、地車に彫られる物語・戦記物彫刻には強い者への憧れと強い力による魔を祓い征伐して欲しいという心情、また一方、物語に含まれる仁・義・礼・智・忠・信など武士道の心情や、ものの哀れという諸行無常の仏教の心情、弱き者・敗者への哀れみ、判官ひいきと呼ばれる日本人の心情をゆするものなど民衆が望む強者への憧憬、人の散りぎわの美しさ、温情など人の道としてかくありたい、かくあるべきぞという強い願いがある物語の一幕が選ばれているものが多いと言える。しかし、今取り上げられる図柄の多くが必ずしも話を理解して取り上げられているかは疑問である。各町に彫刻される物語には一つ一つに物語の筋がある。これを少しでも広く知って頂き地車彫刻をますます好きになって頂きたいのである。

 さて、堂宮彫刻にはよく彫られる図柄は花鳥風月・瑞獣などがあり、とりわけ龍や唐獅子は代表格である。龍は青龍として玄武・朱雀・白虎の一つにして東西南北の正方位にあてられ四神とされる。すわなち、東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武として正方位を守護する神獣として悪魔祓い、悪魔よけとして堂宮に彫られ、地車でも流れを受け継いで彫刻され馴染みの深い図柄である。龍は架空の動物であるが瑞獣ともされ、中国では皇帝の象徴ともされる。この龍の胴体には八十一枚の鱗があり中国の易による陽の最大数 “九” の乗数になっている。この中でも一尺四寸程の逆さ鱗の一枚が喉下にありこれに触れると龍は凄まじく怒り出すという。中国において天子の怒りに触れることを「逆鱗に触れる」とはこのことからである。龍は天地を棲家として天と地を往復するという。すなわち、春、春分に天に昇り、秋、秋分に地に潜るとされる。これは中国の陰陽思想につながっており星の動きにも関係があるとされる。

岸和田市筋海町 摺り出し鼻 阿形の龍 吽形の龍

  陰陽思想といえば瑞獣が一対で並ぶとき右方は口を開け、左方は口を閉じている。前者を阿形、後者を吽形という。阿形は物事の始めを表し、吽形は終わりを表す。いわゆる二元対立して一元に統一するものである。人は生まれて口を開きてこの世に生を受け、死ぬるとき口を閉じてこの世を去る。このことは変えることのできぬ真理であり、天地宇宙の真理を表すものである。
  では、日本ではというと日本各地にある竜神信仰であるが、この信仰は中国の影響はあるとはいえ根本には水神である蛇信仰であるようである。稲作を基本とした我国では水の恵みは大切で水を司る龍神・龍王など大切なる必要不可欠なる神として信仰を集めた。龍は水神として雲を呼び、雷を呼び、雨を降らして恵みをもたらす。五穀豊穣への願い、恵みへの感謝を以って神々を祭り、もてなしてともに歓び、ともに食して神人一つとなる。祭の原点である。瑞獣などが堂宮・地車・山車などに彫られるのは疫病払い・魔よけ・豊作・天災の鎮めなど疫病や天災を恐れ神仏や自然に対する畏敬と戒め、そして感謝を表す古人の心があった。古人から流れのままに何気なし見られる彫物であるが、こめられた古人の人々の心を垣間見たとき、地車を見る目もまた違った新たな気持ちが起こるのではないだろうか。


泉州岸和田住 祭狂爺爺 記