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presented by 岸和田だんじり祭振興会 

 
 祭狂爺爺がお届けするだんじりコラム。
 祭礼の歴史や、だんじりの彫物などにまつわるよもやま話をお楽しみください。
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2004年2月号

祭狂爺爺のだんじりコラム

彫物うんちく四方山ばなし 第二話

 「唐獅子」

兵庫県神戸市東灘区住之江地車
車板 「牡丹に唐獅子」

 日出づる国、日本の国は東の端に位置し、西から流れ来る文化の到達点でもある。この文化を伝えた道として皆さんよくご存知の “絹の道” <シルクロード>が有名である。蚕から取れる絹の光沢は人々の心を魅了し高価な物品として取引されユーラシア大陸の東西を賑やかに闊歩し文化・人種の交流が盛んになされたのである。
  そのシルクロードを通じて伝わったものがわが国には数多く残され、奈良の正倉院御物などにもその影響が色濃く残されている。そういう高貴なものの他に庶民の中に浸透した西からの影響を受けた文化・芸術もあるのです。今から進める唐獅子の話もそのひとつである。

兵庫県神戸市東灘区 弓場地車
獅噛み 「唐獅子」

 唐獅子はイノシシ(猪)、カノシシ(鹿)と区別して呼ばれる名称でありシシ肉、シシ鍋といえば猪・鹿の肉を食するのであり、唐獅子はこれらと区別した呼び名であり、まだ見ぬ唐の国(あるいは新しいとの意もあるのか?)の動物として扱ったのである。「シシ」とは日本語では獣のことを指す。唐獅子はご存知の方も多いと思うがライオンのことである。ライオンは東洋の百獣の王 “虎” に対する、西域における百獣の王であり王権の象徴であり、エジプトのスフィンクスや玉座などによりよく知られている。

 日本へは中国より絵画などの題材として伝来し、中国へは前述のシルクロードを通じて前漢の武帝の時代にもたらされている。中国に伝播したライオンは聖域を守る獣として取り扱われている。また、仏教では文殊菩薩の乗り物とされ仏画・仏像に登場し馴染みが深いのである。また、堂宮彫刻では、主に木鼻や欄間によく彫られ他に、虹梁・蟇股(かえるまた)などにも彫刻される。

奈良県大和高田市地車保存会地車
(元岸和田市北町地車)
木鼻 「唐獅子」

 では、地車ではというと、これまた必ず木鼻に彫刻され手に牡丹や鈴・鞠などの持ち物を持たせたり、特に古い地車の和泉彫りの唐獅子などは舌を出しておどけた仕草をした茶目っ気のある面白いものが見られる。他には上地車の獅噛みや車坂、隅出などいろいろな部分に彫刻される。上地車の獅噛みは地車の一番目立つところに位置し、彫物師の力量とセンスの出るところである。唐獅子といえば牡丹というように太鼓台や地車の囃子唄 「牡丹に唐獅子 竹に虎 虎追うて走るは和藤内 和藤内おかたに智慧かそか 智慧の中山誓願寺 誓願寺のおっさん坊さんで・・・」 と唄われるように “牡丹に唐獅子” とうい図柄がよく彫られるが、牡丹は中国西北の原産にして唐の時代、観賞用の花の栽培が隆盛を極め、玄宗皇帝は后の楊貴妃とともにこの花をこよなく愛でられたといわれ、「百花の王」とされ富貴の象徴とされたのである。我国には平安時代、僧空海によりもたらされたといわれ先進中国文化の象徴でもあった。“百獣の王” に “百花の王” の組み合わせによる強いもの、富貴の象徴としてと好まれた題材である。今はありふれた図柄で興味を示されぬ方も多いが、数多い彫物ゆえに優劣の差があり、精微に彫られた彫物は威厳と華麗さがあり、地車に気品と迫力を与え威風堂々とした地車にまこと花を添え圧巻である。皆さま彫物の見比べも面白いですぞ。

 

泉州岸和田住 祭狂爺爺 記