danjirimaturi.com

presented by 岸和田だんじり祭振興会 

 
 祭狂爺爺がお届けするだんじりコラム。
 祭礼の歴史や、だんじりの彫物などにまつわるよもやま話をお楽しみください。
バックナンバー 2001年度 2002年のコラム 2003年のコラム 2004年のコラム
2004年10月号

祭狂爺爺のだんじりコラム

祭狂爺爺の祭りの後のひとりごと

 真夏日のなか、汗びっしょりと水をかぶった如く様相でだんじりを曳っぱっている。普段は冷房完備でこれほど過酷な運動もしないのに、身体のあちこちを痛めながらだんじりを動かす。この目的ひとつに汗を流し、エネルギーを使う。祭り嫌いな人から見れば、何とも滑稽に見えろうが、太鼓が鳴り、だんじりが動き始めると理屈ではなく心も身体も走り出すのである。若者達が汗まみれになって懸命にだんじりを曳っぱる姿には美しささえ感じられる。女の子達が心奪われるのも無理からぬことなのかもしれませんな。祭二日間、何もかも忘れてだんじりを曳くことに集中したあとの爽快感、身体の痛みを超える喜びは何であろうか。ここに長く受け継がれてきて、人気を誇るだんじり祭の魅力があるのかもしれません。

  今年の祭は平日ということもあって、曳き手の減少が懸念されましたが、概して昨年同様の人数が維持されたのではないでしょうか。しかし、会社勤めの人にあって、責任のある地位にある人などは、なかなか会社を休めないというのも現実であります。一方、見物人は少し減少しました。ある人いわく「二・三十年前の見物客に減ったような気がするな」と、しかし今のほうが見物の人数は多いと思いますな。人気の角ではやはり見物客が多く整理は大変らしいです。誘導に従わず危険な場所から立ち退かず、逆切れして文句を言う人を目にしたのですが怪我をされては迷惑するし、嫌な気分となります。危険な場所で見るのは迫力があり見応えがあるが、お互い楽しい祭りできるようにこの点を理解して頂き、現場の指示に従って頂きたいのである。曳き手の一人としては平日の祭礼となって人数が少し減ったほうがやりまわしの角の整理もしやすく運営もしやすくなるように思いますがねー。それと見物の方には平気でゴミをほかす、悪口を吐く、当たり屋的行為をするなどマナーの悪さも目立ちます(一部の人なのですが)。お互い楽しい気分となりますようよろしくお願いしたいものです。
 しかし、十五日終盤のカンカン場の異様な盛り上がりは恐ろしいものがありますな、曳き手と観客が一体となっている。ひとつのショウーの最後を見ているみたいです。けれど、時間を超えての曳行はの食事の時間がなくなりますよ。悪しからず。

  さて、前号で掛け声のアクセントと小太鼓のリズムについて書きましたが、心なしか改善の兆しが感じられました。地道に行動されている方々がおられるのですねー。ある町では灯入れ曳行の待機時間に青年団を集めて、掛け声のアクセントや小太鼓のリズムについてだんじりの前で話をしたそうです。何とも若頭の方々、積極的に行動してはりますな、嬉しい限りであります。よいことは若い世代に伝えて、受け継いでいってもらう。これが伝統ではないかと思いますな。伝統ということで、こんな光景を目にしました。三十代後半のご婦人ですが、夜の曳行中、元綱を跨いだんですな。小生などは祖母の影響がある所為なのか、たいへん見苦しいのです。よく祖母が
「男はんが一生懸命だんじり曳いているんや、わたいらが跨いだら申し訳ない」
と言っていたこと、やむをえず横切るときは
「兄ちゃん、えらいすんまへんが綱上にあげちょう」
と言って通っていたことを思い出す。明治生まれの祖母は、だんじりに婦人を乗せること忌み嫌い、綱を跨ぐことも差し控える。これには女性による血の穢れという意識もあり、綱はまた神様が降臨された依り代をつけただんじりと繋がり、神の力を頂くということもあって無闇に綱を跨いだり踏んだりすることを戒めたものであろうと思われる。そして、だんじり曳行中にいつだんじりが動くか判らないときに綱を跨ぐことは、危険にも繋がることゆえ、言われていることであり、このことを理解して戴きたいものである。

 今年の九月十四・十五両日の祭礼は大した事故もなく終了したのは何よりであり、美味いものを食べてだんじりを曳っぱり、祭りができる。世界では戦争やテロが起こっているなかにあって、今年も無事に祭ができることは当たり前のようであるが、平和なるがゆえにできることであり、来年もまた祭ができることを祈念しつつ喜び噛み締めたのであります。



写真提供 : 正木 茂男


泉州岸和田住 祭狂爺爺 記

 

戻 る