太閤秀吉の子飼いの武将で賤ヶ嶽七本槍の一人片桐且元は徳川家康に方広寺の鐘銘に難癖をつけられ、難題を突きつけられた大坂方の調停役代表として家康のもとに赴き接見を願うが、なかなか聞き入れられず日にちが過ぎていった。待ち侘びる秀頼と淀殿らは大野治長の母大蔵卿らをして家康のもとへ重ねて使いを送った。すると、家康はこちら方とは機嫌よく接見し難題のことなどは申し述べず一行らを安心させて帰らせた。そのあと、且元と接見するや態度は豹変し要求を呑むべく迫ったのであった。
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『桐一葉』 坪内逍遙著
明29.2 春陽堂 |
大坂に帰った且元はこのことを上奏すべく登城するが、先の大蔵卿の報告とはまったく違ったため、且元の進言は聞き入れられず裏切り者として命を狙われるのである。且元は最早これまでと大坂城を出て摂津茨城の居城に退去するのであるが、今一度、且元と会い事の次第を尋ねんものと、豊臣譜代の若き木村長門守はあとを追い、長柄堤で馳せつき豊家の行く末を案じて引き止め談義をした。このとき且元は懐中より一書を取り出して手渡しこれから先は真田幸村を軍師に迎えて指揮を任せよと心中を語って長門守を諭し二人涙を流し訣別するのである。
この話を題材にして作られた歌舞伎に明治三十七年初演の坪内逍遥作「桐一葉」があり、「わが名にちなむ庭前の、梧桐悉く揺落なし」との且元も詠嘆の声とともに豊家は破滅の一途をたどるのである。
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