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presented by 岸和田だんじり祭振興会 

 
 祭狂爺爺がお届けするだんじりコラム。
 祭礼の歴史や、だんじりの彫物などにまつわるよもやま話をお楽しみください。
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2005年6月号

祭狂爺爺のだんじりコラム

だんじり今昔物語

 今月は岸和田だんじり会館が所蔵する昔の写真を見ながら話を進めたいと思います。

写真1
宮本町 (右端に警察官が同乗)

 この写真にある曳行風景を見てますと、地車の前に警察官が同乗していますな。戦前でも事故や喧嘩が多かったところへ戦後で人々の気性も荒んでいますので警察が示したルールが守られなかったり、喧嘩も多かったのでしょう。(↑写真1参照)

 また、曳行コースも時代とともに変化しています。かつて(昭和5年〜)は岸和田駅方向に向けて曳行し、駅舎前で休憩。再び、浜方向に向けて下って行くというコースがあったわけです。(↓写真2参照)

写真2
岸和田駅西側

写真3
下野町(北町交差点での駅下りから大阪方面へのやりまわし)

 そして、小門や貝源の角を駅方面からやりまわしをしたわけです。(↑写真3参照)
  当然、上り下りの行き違いもあり、行き違いの時には上り優先として、下り地車は上り地車と行き違える場所にて待機し、その直前で両地車鳴物を止め地車をかわしたわけです(↓写真4参照)。

写真4
手前:中之浜町(紀州街道でのすれちがい)

  紀州街道でもすれ違いがありましたから、道は地車二台分一杯となります。そこで、地車をかわすために指示を出す大工方や他の指示する人の声が聞こえないので鳴物を止めるわけです。現在でも行き違いや追い越しの時は鳴り物を止めるのがしきたりです。それは追い越すときに相手地車への注意を促すためであります。また、昔の行き違いのときは大屋根の横と横がこすれて煙が出たそうです。大変迫力があったそうで、当時を経験する人は行き違いの迫力と醍醐味の話しがよくでるのです。しかし、操作を間違え相手地車に接触なんぞしますと喧嘩になるわけです。そこで、今は、一方通行になったわけですな。

写真5 中町
 一方通行になってから “やりまわし” がより一層競われるようになり、テレビ・ビデオの普及も相俟って、現在のようにどの角もたいへん早いスピードで駆け抜けていく姿になったように思えます。より早く、より格好よくと各町が競いそれとともに事故も増えてきています。だんじりが疾風の如くやりまわして駆け抜けていく姿もいいのですが、駆け足ぐらいの速度でコマが砂を踏む音を出し、ゆっくりと左右に揺れながら走ってくる姿はまことに華麗であり荘重さがあって岸和田地車ならではと心惹かれ魅了されるのですが、小生だけなのでしょうか? 緩急自在の地車曳行、これもまたメリハリがあって自分達が楽しめる祭りになるのではないでしょうか。祭りを楽しむのはいろいろとありますな。

 話を戻しまして、現在まで続く長いだんじり祭りは時代とともに姿・形を変えて曳行されてきた歴史があり、しきたりや不文律の決め事はその時代の人達が、絶えず年番はじめ各団体の責任者中心となってが集まって話し合い、より一層の安全曳行、揉め事のない楽しい祭りができるように考えられ、時代にそぐわない物は変え、新たに決め事をする。このように絶えず一般庶民が祭りやだんじりのことを考えている、そこに今もなお老若男女から支持を得て根強い人気を誇るだんじり祭りの底力があるように思えます。

写真6
中央小学校での慰霊法要
 昔の写真は曳行風景が中心ですが、その中に混ざって、物故者慰霊祭の写真があります。全国各地を見渡してもこれほど多くの犠牲者が出ている祭りは、他に例がないことであります。明治からの記録に残る犠牲者は四十一柱の方々があり、一つ間違えば、いかに地車曳行が危険を伴うものであるかが判るものであります。これは明治後期からの記録だけですから、以前にもその犠牲者あったかも分からないのです。戦後、昭和二十二年をはじめ二十五年、二十六年、二十七年連続して事故による犠牲者が出て、(慰霊法要が行われましたが)その方々の慰霊をしようと厳粛かつ盛大に昭和二十八年八月十六日、岸和田市立中央小学校校庭において(年番主催?による)物故者法要が挙行されたのであります。(↑写真6参照)現在でも、挙行場所は変わりつつも毎年行われています。

 また、平成十一年から安全祈願祭が波切ホール前の波切神社境内にある岸和田祭安全祈願碑前で執り行われている。多くの犠牲者を出していることに思いをやって、岸和田祭が今後犠牲者や怪我人の出ないよう思いを新たにして、祭りに参加する人達の安全を祈願する行事である。
 
  どうか今年の祭も無事に、安全に曳行されることを祈るのであります。

 


写真提供 : 岸和田だんじり会館

泉州岸和田住 祭狂爺爺 記

 

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